ケルムスコットマナー
-Kelmscott Manor –
ウィリアムモリスの愛したコッツウォルズとケルムスコットマナー。
(面白いケルムススコットの裏話。。。)
今回はお客様からのご依頼も多いケルムスコットマナーハウスをご紹介します。
ケルムスコットマナーハウスはコッツウォルズの外れにあるケルムスコットという小さな村の奥にある大きなマナーハウス。言わずと知れた、イギリスのモダンプロダクトデザインの父と呼ばれる、ウィリアム・モリスとその妻であるジェーン・モリスの別荘(セカンドハウス)だった所で、現在はロンドンのチャリティー保護団体(Society of Antiquaries of London)が所有、4月から10月までの観光シーズンの間のみの曜日限定で一般公開されています。

(レセプションの納屋から入場料を払いマナーハウスに入る入り口。外からは見れない)
元々、ケルムスコットマナーは16世紀にファームハウスとして建てられ、1871年にウィリアム・モリスとその家族(妻のジェーン・モリスと二人の娘)、そしてモリスの知人であったラファエル前派の画家、ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティが共同でこの家を借り入れました。
ロセッティがこの家に住んでいたのは約3年ほどだったとのことですが、その間の3人の関係はなんやら、痴情のもつれっぽい?!?!画家のロセッティはウィリアム・モリスとジェーンの結婚前から、ジェーンのことを慕っており、何度も彼の絵のモデルとして登場、ケルムスコットマナーでの三角関係は、今では真相はわからないですが、モリスがロセッティと妻のジェーンの公然の浮気の場所だったとして、モリスはロンドンのハマースミスのテムズ沿いにある本宅で過ごしている間、ジェーンとロセッティはケルムスコットで過ごす二人の時間が多かったと推測されています。
なお、ケルムスコットマナーの中にはロセッティが使用したアトリエが再現されています。
(タペストリールーム)

(ロセッティが描いたジェーン・モリス)

(二階へ続く階段)

ケルムスコットマナーは一階、2階、そして天井部屋の3階と続きます。一階はモリスのデザイン品が並ぶダイニングホールや応接間等。2階はウィリアムモリス本人、またジェーンの寝室があったとされる部屋が再現されています。
(一階の様子)

(モリスが書いた詩が刺繍された彼のベット。娘のメイがデザインし、ジェーンとその知人が手縫いで刺繍したらしい。なんともアーティスト一家。)

(ジェーンのベット。このベットのテキスタイルは後にモリスの手がける会社のデザインの参考にされたそう。)

3階の屋根裏部屋にはモリスの格言が書かれた壁が。。

妻のジェーンはウィリアム・モリスの死後、この家を買い取りその後、娘のメイ・ジェーンがその死後に至るまでここに住居したとされています。
マナーハウスのお部屋の各所には、多分モリスマニアのボランティアの案内の人達がいて、お部屋の詳しい説明やモリスのケルムスコットマナーでの生活等、色々な話を聞かせくれます。

マナーハウスを見学した後は、広いお庭でティーブレイク。お土産のショップもモリスグッツで充実していました。

ケルムスコットマナーのあるケルムスコットはまさにMiddle of No whereな結構など田舎。コッツウォルズのエリアからもちょっと外れますが、バーフォードの村から少し先に行った平坦で広大な牧場風景を巡った先にあります。村に入るとまるでおとぎ話の世界を訪れたような美しい中世のコテージが並んでいます。
村の中にはモリス死後に妻のジェーンが寄贈したコテージもあります。(モリスの壁画があるお家)

ケルムスコットマナー特設の村外れの駐車場の横の教会は、モリスとジェーンが眠っているお墓があります。見えにくいですが、墓跡にはちゃんとモリスとジェーンの名前が刻んであります。

ケルムスコットマナーハウスへの入場は4月から10月末までの木、金、土曜日となります。
ウィリアムモリスが好きな方は、このケルムスコットマナーの他、モリスが一番美しい村と称したバイブリーの村、またモリスの休日の避暑地として使われたブロードウェイタワーもお勧めです。
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